祖母と叔父の七回忌を迎えて思うこと

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台風前の今日、コロナで延期した祖母の七回忌と、叔父の七回忌を合わせて行うことができました。とはいえ、私はちょっと手伝った程度です。こうした仏事や神事を大事ぶする父は、ようやく一息ついたようです。九州男児っぽいなと思える「長男」の責任感もあり、そしてこういうのは祖母譲り。
祖母は生きていた頃、毎朝祝詞をあげていて、毎月1日、15日、22日は大黒天様にお野菜、鯛などをお供えしてお祀り(お祭り?)していたのですが、今では両親が受け継いでやっています。信心深かった祖母から受け継がれる習慣です。手入れされた仏壇と、神棚、また家の敷地内に大黒天様を祀ったお社がある家。これが当たり前で育った私は、実はこの習慣を持つことの理由がわからず、小さい頃、断固として神様を拝むことを拒否していたことがあります。
「神様がいるんだったら、私はもっと幸せだ」
そんな横柄だった幼き私が、今の私を見たらびっくりすると思います。笑
祖母ほどの信心深さも信仰心もありませんが、「神」とはなんぞや?ということに関心を持った時期もありますからね。もしかしたら、こういう家系に生まれ、こういう家庭に育ったからこそ通った道なのかもしれません。
今日、親戚の叔父と叔母と席を一緒にしながら思ったことは、私の親戚は揉め事もないし、本当にみな豊かな人たちだということ。それは、お金をたくさん持っている大富豪とかそういう意味での豊かさとはちょっと違った意味でです。
人に分け与えるものがあって、人にGiveすると、別の形で返って来ている。それは、短期的な行き来ではなく、世代を超えていたり、本当に不思議です。
昔から、外に出ることをあまり良しとしない叔父や叔母に違和感を感じていました。大学も就職も留学も、「そんなに遠くに行かなくてもいいじゃない」という言葉。お正月やお盆に集まる親戚に「外」の話をするのが楽しみで、「いいわね〜」と言ってくれるのですが、でも内心で自分の子どもや孫には望んでいないことを知っていました。子どもの頃は大人に承認されることで自信が持てていた私は、そこに生きづらさを感じていたのも事実です。
そんな私たち姉妹が海外へ飛び出すことを応援していたのは誰でもない両親です。大学にいく機会を得らなかった両親が、結婚して間も無く上京した時に見たグローバル化の流れ。それを見た両親は、子どもを大学に行かせ英語教育を受けさせて、女の子であっても一人で生き抜く力をつけさせたいという夢を夫婦で持ったそうです。
出来るだけ子どもを手元に置いておきたい親戚の中で変わりものだった両親は、その教育の方針が親戚に理解されないこともあったと思います。離婚するときも、両親が親戚からなんと言われるのだろうということだけが気がかりでした。
両親の期待なのか、物足りなさや閉塞感を感じてなのか、外の世界に出た私は、今ではとても恵まれていたなと思っています。外に出ていく動機が、生きるか死ぬかの瀬戸際で「生き残るため」という人もいる中で、私にとって外に出たい衝動はご先祖様や親戚が私に提供してくれた豊かさがあってこそ。
高校を卒業してから16年ぶりに暮らす地元での生活は、当時見えていなかった豊かさに気づかせる機会をくれています。
それは、いくら稼ぐとかの豊かさではないものです。
不思議なことに、こちらではその豊かさに気づかない人もいて、逆に経済的な不自由さで豊かだと思えていない人もいます。
国内で都会と田舎暮らしの両方を経験し、海外での生活の経験があって、国内外の投資家や資産家の生活ぶりを垣間見る私には、富、価値、豊かさというものは、本当に自由自在に存在し、変化するのだと感じています。
仏教なんかを熱心に深く勉強されている方には怒られそうですが、それこそ「空」の潜在性というか、本当に何をどう見るのか、ただそこに尽きるなという結論に行き着いてしまう、、、台風前のぼやきでした。(こういう考えが浅はかだと仰るなら、その通りかもしれません)
昨日は人生初のオンラインヨガ&瞑想を受けました。すごい雑念の多さに笑っちゃった。もともと指導していた側とは言いづらいほどで撃沈です。笑(大丈夫です。今は教えていませんので。)
でも私の中ではヨガも瞑想も手段であって、自分の人生の目的にどのように生かすのかに尽きると思っています。なぜなら、この世界に何を見るのかは「私」に委ねられているから。あなたの人生の目的が何であれ、自分と人を満たし、幸せに豊かにする素晴らしいものであれば、与えれば与えるだけ、それは返ってきます。こうしたものはあなたがどう意図するかによります。時空間を超えますから、それこそ世代を越えるかもしれませんね。
1,000年のビジョンを持つことを教える私のお師匠さんであるDr. ディマティーニの言葉の意味が、また少し味わい深くなる法事でした。(彼はアメリカ人ですけどね)

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